考える人日清戦争ってなんだっけ?
考える人当時世界から恐れられてた「清」になぜ日本は勝てたんだろう。
日清戦争は日本人なら誰もが知っている出来事ですよね。
僕ら日本人は当事者であり、知っておくべき内容です。
今回は「日清戦争」について、目的やなぜ起きたのか?日本が勝てた理由も解説していきます。
それでは早速>>>
- 日清戦争の目的
- 日清戦争のきっかけ
- 日清戦争で日本はなぜ勝てたのか?
- 日清戦争と台湾

日清戦争とは?

日清戦争とは当時中国を支配していた清王朝と日本が朝鮮(韓国)を舞台にした戦争です。
早速、日本人のほとんどが知らない事実を打ち明けます。
沖縄(琉球)が日本になったのはこの日清戦争の時です。
「そうなんだ!」
と思った人も多いのではないでしょうか?
この部分は後ほど「日清戦争と沖縄」で解説します。
日清戦争はいつ起きた?
1894年7月25日に開始されましたが、日本から清に正式な宣戦布告が行われたのは1894年8月1日です。
宣戦布告と言うとこれから戦争が始まるイメージですが、日本はこの時すでにソウル付近を陥落させています。
つまり、すでに大きな戦果を上げていたと言うことになります。
そして日清戦争は1895年4月17日に日本の勝利として終戦を迎えます。
日清戦争のきっかけ

「甲午農民戦争」と呼ばれる朝鮮内で起きた内戦がきっかけです。
甲午農民戦争は「東学」と言う宗教を信仰する人たちが中心となって起こした内乱です。
「東学」であることから別名を「東学党の乱」とも呼びます。
そして、甲午農民戦争(東学党の乱)で収拾がつかなくなった朝鮮は清に対して助けを求めます。
しかし最終的にはこれが更なる大戦争、『日清戦争』を招いてしまう結果となります。
実はこの頃、日本と清の間では天津条約と言うあるルールが決められていました。
この天津条約により、甲午農民戦争を抑えるため、清が朝鮮に出兵することを日本側は連絡を受けることになります。
連絡を受けた日本は「現地に住む日本人を守るため」と言う少し都合の良い解釈で朝鮮へ出兵します。
そして甲午農民戦争では日本・清(中国)が朝鮮を鎮圧しました。
がしかし、ここからが問題です。
その後の朝鮮をどっちが統制するのかが争いになり、結果的に日清戦争へ突入することになります。
そもそも朝鮮の内乱にわざわざ日清両国が割って入ったのは、「朝鮮を助けたい」などの善意ではなく、「朝鮮を領土にするチャンスだ」と言うたくらみがあった。
結果的に日清は軍事衝突を起こします。
日清戦争の日本の目的

日清戦争の最大の目的は「朝鮮を支配下にする」ことです。
当時は世界的に力によって権利を手にしていく時代です。
中国は元々朝鮮を弟のように考えており、朝鮮は自分たちの言いなりと言うように考えていました。
対して日本は、当時東アジアへの侵攻を強めていたロシアが、日本本土をいきなり攻撃してこないよう、防衛線として朝鮮を支配化にしておきたいと言う思惑がありました。
このような両国の思惑から朝鮮の占領を争う日清戦争が始まっていきます。
日清戦争で日本はなぜ勝てたのか?

日清戦争は最終的に日本の勝利で終戦を迎えます。
当時世界中から「眠れる獅子」と恐れられていた清に日本はなぜ勝てたのでしょうか?
答えは意外な理由が関係しています。
当時の清は『西太后』と言う女性がトップに君臨していました。
サラッと言いましたがこれこそが答えです。
この西太后と言う人。権力への執着がとんでもない人だったんです。
中国のおよそ5000年の歴史上、女性がトップになったのはたった1度しかありません。
その1度は西太后ではありませんが、西太后は清王朝を裏で操る実質トップの立ち位置となっていました。
なので、西太后に逆らうと処刑されるなどやりたい放題の独裁者です。
清の日清戦争敗北の原因と言われている西太后の行いは以下のようなものがあります。
- 日清戦争のために軍艦に使うはずだった莫大なお金を、自身の誕生日を盛大に祝うために使わせる。
- 国内に食料が回らず餓死する人が多数出る中でも、自身は超豪華な食事を毎日食べる(数万人分と言われている)
これらは一例ですが、あまりにも自分勝手なトップですよね。
自分のステータスをとにかく重視し、国のことなど一切考えていません。
まともな軍備や食料が補強されない清の軍隊は当然、日本とまともに戦えるはずもなく、日本軍と対峙した各部隊のリーダーは迫り来る日本を前にして次々と戦わずに脱走します。
リーダー不在で統率の取れない清軍はどんどん陥落し、降伏することになります。
あっさり敗北してしまった「眠れる獅子」に、恐れていたヨーロッパ諸国も「なんだ、弱いのか」と言う認識を持つようになり、日本・ヨーロッパ諸国・ロシアなどが次々と中国の分割(争奪戦)を進めていくことになります。

日清戦争と台湾

日清戦争は朝鮮の覇権を争うための戦争だとお伝えしました。
悩む人じゃあなんで「日清戦争と台湾」?
と思っているかと思います。
実は、日清戦争は「日本」と「台湾」の関係にも大きく影響しています。
日清戦争で清に勝利した日本は『下関条約』と言う、言わば「命令」を突きつけます。
そのうちの1つが「台湾の割譲」です。
割譲と言うと難しいですが、言っちゃえば日本に渡せと言うことです。
つまり、台湾はこの時に一度、日本の一部になっています。
考える人じゃあ、なんで関係なさそうな「台湾の引き渡し」を日本側は要求したの?
その答えは次の「日清戦争と沖縄」で解説します。
日清戦争と沖縄

日清戦争で勝利し、台湾の覇権も手に入れた日本。
日清戦争と台湾が関係していることが分かってもらえたと思いますが、実はそれだけではありません。
またまた関係なさそうな『沖縄』ともめちゃくちゃ深く関係しています。
悩む人元々だいぶ北の方の「朝鮮」を支配を争った戦争なのに、なんでこんな南の方ばっか議題にあがってるの…
日清戦争と沖縄は日本人なら実は必ず頭に入れておかなければいけない歴史だと筆者は考えています。
なぜなら、沖縄が日本になったのは日清戦争で勝ったからです。
驚く人えぇぇぇぇ!
日本が要求したのは『台湾の引き渡し』って言ったじゃん!
意外な事実ですよね。
なぜ日清戦争で沖縄が日本になったのか?
実は日清戦争で日本が勝利を迎えるまで、沖縄は『清と日本どちらのものか』と言う領土問題が存在しました。
現代だと日本と中国が領土問題で争っている「尖閣諸島」と同じですね。
先ほどから説明している通り、日清戦争で勝った日本は台湾を手に入れることになります。
台湾と沖縄の地理関係をよく見てください。

日本から見て沖縄より先にある台湾が日本の領土となった訳です。
となると、
日本沖縄より先にある台湾が日本なんだから、その中間にある沖縄は当然日本のものだろ。
中国(清)うぅぅ…
ノーコメント
と言う暗黙の了解が生まれます。
これにより沖縄は日本であると言う認識が確実のものとなります。
さいごに

最後までご覧いただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
日清戦争は日本でも必ず習いますが、当時学校で勉強していた時には感じなかった気づきがあるんじゃないでしょうか?
朝鮮、台湾、そして沖縄。
その後の歴史の大きな転換点となっているのが日清戦争です。
今回の記事が役立っていれば嬉しい限りです。
それではまた!



